2008年08月02日

バンドワゴン効果は、単に心理的な問題なのか?

わずかでも優劣の差があれば、同列からスタートしたのなら、優勝劣敗が起こるという、、、

だが、一旦、ある地歴局時局地的な安定が起きると、新参者は、それより機能的に優れていても、一気には、逆転して支配的勢力とは、なかなかなりえないと。

たとえ、時間で5から10パーセント、運動量で五割節約できても、

それが、アーサーらのバンドワゴン効果の結論だとあると(アビナッシュ ディキシット、バリー ネイルバフ解釈?では)いう、、
http://raycy.seesaa.net/article/103090908.html
バンドワゴン効果は、単に心理的な問題だと、林紘一郎にはあったようだったが、、http://raycy.seesaa.net/article/103615172.html
アーサーを確認しないと、、

この、http://raycy.seesaa.net/article/103090908.htmlの説明を援用できるとすれば、レミントンらの、タイプバー機構シフト式QWERTY配列機が、多少とも機能優位な状態にあれば、たとえば28%程度以上のシェアを一旦握れば、複式機やタイプホイール機をほぼ完璧に駆逐できる、と、も、アーサーらの説?http://raycy.seesaa.net/article/103090908.html(アビナッシュ ディキシット、バリー ネイルバフ)で説明できないだろうか?
――――――――――――――――――

バンドワゴン効果
http://ci.nii.ac.jp/search/servlet/Kensaku?dnum=25&sortType=year1&Text=%A5%D0%A5%F3%A5%C9%A5%EF%A5%B4%A5%F3%B8%FA%B2%CC&condition0=1&area0=auth&keyword0=&conditionRange0=1&areaRange0=year&KeyRangeS0=&KeyRangeE0=&select=&pnum=1&mode=0&sortType_bottom=&AREACNT=1&JNUM=1&RANGE_AREACNT=1&SORTFLG=DESC&SORTKEY=year1&SORTMARK=0&CiNii.x=49&CiNii.y=29

http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/EqualFromForm?mode=plus&dmax=10&lang=1&txt_freeWord=%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AF%E3%82%B4%E3%83%B3%E5%8A%B9%E6%9E%9C

bandwagon effect
http://ci.nii.ac.jp/search/servlet/Kensaku?dnum=25&sortType=year1&Text=bandwagon+effect&condition0=1&area0=auth&keyword0=&conditionRange0=1&areaRange0=year&KeyRangeS0=&KeyRangeE0=&select=&pnum=1&mode=0&sortType_bottom=&AREACNT=1&JNUM=1&RANGE_AREACNT=1&SORTFLG=DESC&SORTKEY=year1&SORTMARK=0

http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/EqualFromForm?mode=plus&dmax=10&lang=1&txt_freeWord=bandwagon+effect


 ハーヴェイ・ライベンシュタイン  ライベンスタイン
――――――――――――――――――

ところで、

  1. マルクスの論法として、よく、論敵の最良とされる理論の部分ではなく、その脇の小ネタを叩いている、ってな話がある。たしか、西部邁いたる?だったか?がいってたような、、
    論というのは構造としてゲーデルの不完全性定理的な論理系の制約のせいなのか

    • 小出昭一郎の「どこから目をつぶるか」だったっけ?

    • 佐和隆光の「どこの穴をふさぐか」だったっけ

    理論には、水の漏れない上手はない、ってな

  2. あと、日本における特異な論法として、
    プロバビリティーの世界での話しに持ち込んで、
    http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/hyoon/Kanjinomirai.html
    自分の主張「可能性」、反論「理論的でない」とレッテルを貼る、なぜか獨斷的な主張が「定説」と化す。
    自説の方が「可能性」が高いたかいと、判定者らに向って騒ぎ立てる、、この場合判定者としては必ずしも論理的思考集団が選ばれるのではなくて、どちらかといえば「常識の府」http://raycy2.seesaa.net/article/103290677.htmlへと訴える、、のかな?

  3. 漱石のノートhttp://raycy.seesaa.net/article/101334689.htmlを解題する村岡 勇によれば、明治ごろの「日本の学者は、知的塔の頂きに登るには」「到底塔の頂きに登れないことを自覚している」とある。それは「知的塔の頂きに登るのには次第順序がある」が、その道のりに対する、自分たちの立ち位置が、あまりに後塵を拝する位置に位置していることを自覚してのことだったのか、、
    なら、明治の学者の自覚は、それはそれで、
    現代の、日本の学者は、自分たちの立ち位置は、明治のころの学者が立っている地点よりは、はるかに前方に立ってはいるだろうが、さて、、
posted by 霊斎2 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(1) | LinkRecords | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

typistとしてのウェラー、ショールズ

typistとしてのウェラー、ショールズ
――――――――――――――――――

ショールズは、1868年だかのワイヤーメカモデルでほぼ2年、手紙をタイプし続けたと、カレント1949?に?あったような、、。改造してなかったのかな?、??てことは、、
だとしたら、ワイヤー駆動は、電信学校に売りにいったモデルではないことに成るかな?安岡孝一氏説では、1970年までに、電信学校に売りに行って失敗して、で1970年には、ある程度並びが決まってきた説だったか、、。

だが、カレント説では、ワイヤー駆動は、その母系は1868?1867?年のまま温存それていたのだろうか? ??? 1870年ごろまで?

ワイヤー駆動式が電信学校に売りにいったモデルとは別系統として存続した可能性を、カレント1949は示唆しているような、、 ??

1867年から2年ほど1869年ごろまでの二年間?ショールズらワイヤー駆動モデルには、タイピストショールズ?によって手紙ライティングマシンとして使いこまれる日々が続いたのかな、、この間は、、鍵盤のキーやタイプバーは動かず固定だったのだろうか、、

アラインメント問題やらは1870だかにクローズアップされたんだったか、、マシンのたっぱのせいだろう、、

Dvorakのショールズ1867.bmpマシンサイズ、その高さに関して、Dvorak宣伝漫画の高さは変じゃなかろうか、、 。

1867 1868だかのショールズらワイヤー駆動モデルは、最初はテーブルを改造して造ったとかなかったっけ?テープルの高さ分あるんじゃないのかな?ちがうかな、、
これこそ、ものをみたかたならご存知なんだろうな、、

――――――――――――――――――

んと、そもそも安岡孝一氏説は、マシン母系としての非ワイヤー駆動モデルを重用する説であったような、、
Dvorak漫画とは違うな、、
もちろん、Dvorak漫画のフロントストライク機の出現時期が間違っていたりするのはあるけれども、
非ワイヤー駆動モデルの流れは、、
ピアノ、アコーディオンの流れ?
電信の鍵盤
ABC・・・
ZYX・・・
の影響は、その母系機のタイプバー駆動メカニズムは、どうなっているのかな?
posted by 霊斎2 at 16:30| Comment(0) | TrackBack(1) | LinkRecords | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。